「あんた、落第だって…」




受話器から聞こえる母の声。

ん?なんのこと?





「大学から電話があって、単位が足りないって…」





私はその時、北海道の親戚の家で春休みを過ごしていました。

就職は決まっていなかったものの、卒業はするものだと思っていたのです。しかし…。



とりあえず東京の実家に帰り、状況を確認してみたところ、間違いなく留年とのこと。

なんと一教科=4単位が足りないだけ、という何とも、どうコメントしてよいかわから
ないような有様。

しかし、まあ、これで誰かに迷惑をかけるわけじゃなし、仕方ないかという気持ちでも
ありました。母親は、とりあえず学費は自分で何とか払えとか言っておりましたので、
逆に気も楽なもので。まあ留年したので半額に割引されて40万円也。


で、何とか学費を払ったものの、一年間で取ればいい単位はたったの4単位。極端な話、
学校には前期と後期のレポートの提出さえ行っておけばよいくらいのものでした。で、
やることもないもんですから取りあえず夏に歩いて日本列島を縦断をすることに。タン
ポポ喰ったり、ホモのおじさんに襲われそうになったりしながら旅をまっとうしました
が、色々と味わい深い体験だったもので後に、



「真夏の邂逅」


という名前の本にして出版してしまいました。


旅をしたのが1993年の夏、24歳の時でした。翌年、卒業したものの仕事には就かずブ
ラブラ。本当は詩人になりたかったのです。でも、当然、そんなものにはなれるわけも
なく、一年間バイトをしていた所、学生時代の後輩から連絡が・・・。


「いのはやさん、今、何やってるんですか?ウチの会社でバイトしません?」
「うん、やるぅー」


ということでその後輩が働いている某銀行系のシンクタンクでアルバイトをすることに。
最初は慣れないPCを使っての入力作業や資料を届けるお使いなどをしていましたが、
そのうち徐々にその職場で頭角を現し始めます。学生さんのバイトって毎日来るわけじ
ゃないですから、必然的に毎日やって来る自分は重宝されることに。


そんなこんなで3年間くらいアルバイトで働いたでしょうか。段々、仕事の任せられ方
がバイトの範疇を超えて来たので、請負契約にしてくれるよう掛け合って、仕事の形態
を変え、晴れて個人事業主としてスタート。時間給ではなく、作業の結果に対していく
らという形の仕事ですね。


こうして働きながら、1996年に書きためた詩を無理矢理、出版。詩集の名前は「僕はそ
の人のようになりたい」。


さて、請負の仕事ですが、エクセルへの入力やアンケートの集計などPCを操作する仕事
が中心です。で、契約したアウトプットをいかに短い時間で達成するかということが重
要になってきます。そこで必然的にマウスを使わずにPCを操作するように。この方が断然、
早いんですよね。


そんなある日、どうやらマウスを使わずにPC操作をすることは「もの凄く特別なことら
しい」ということに気づきます。自分では当然と思っていたことが他人はやっていないら
しい。しかも本当はできるようになれば色々と有利だとは思っているらしい。




世は正に情報起業ブーム。自分のスキルを、自分で使うのではなく、多くの方々にシェア
することによってお金を頂く方が、自分にも世間様にもメリットになりますよね?と思い
始めて、2003年の秋に活動を開始。






現在の私の夢。
 

最初は情報起業ということで、儲かるといいなという気持ちで始めましたが(もちろん、
今もありますよ!!)、色々な方にこの操作方法をお伝えしていくうちに、皆さんが何
の意味もなく苦労されている姿を見るにつけ、早くこれを世の中のスタンダードにしな
ければ、というある種の使命感のようなものが芽生えてきました。いつか、私のお伝え
している情報が陳腐化して、儲からなくなるといいな、と思います。半分冗談、半分本
気で。


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